ベガ・シシリア社訪問記
今年150周年を迎えるにあたり、グループ名をテンポス・ベガ・シシリアに名称変更した、1864年創立のボデガス・ベガ・シシリア社を訪問しました。マドリッドの北方約150kmに位地するバリャドリッド県にあり、D.O.リベラ・デル・ドゥエロに属します。スペイン王室も御用達の、スペインを代表するワイナリーのひとつです。
この写真は、最初の醸造施設だったところで、現在は事務所として使われています。ベガ・シシリア社の銘柄のひとつ、バルブエナ・キントアニョのラベルに描かれている場所だと思います。
ワイン作りの、何よりの要はブドウ畑。いつも同じプロフェッショナルが各畑のポテンシャルに応じて、剪定や芽欠きをし、2Kg/ha (原産地呼称委員会が指定する最大収穫量の3分の1以下)に収穫量をコントロールしています。また、ここ数年で設置数が増えた風車によって、芽吹き時期や収穫時期の霜害をかなり防ぐことに成功しているそうです。
畑で収穫するときには、土でブドウが汚れないように、一旦フラットなプラスチックケース(写真中下)に入れます。その後、風通しの良い穴の開いたプラスチックケース(写真右中)に移し替えます。
選別されたブドウだけがワイナリーに運び込まれますが、もう一度選別テーブルでブドウの状態を確認し、除梗機にかけ、さらに大きさによって選別されたブドウの実だけが、一次発酵用ステンレスタンクに移動させるための移動用タンクに一旦入れられます。一台に480Kgのブドウが入ります。
写真左側が、ステンレスタンクの上部になり、そこに移動用タンクを4人がかりで人力で動かして、ブドウを入れます。動力ポンプを使わず、ブドウの自重だけで移動させます。
4000リットルのごく小さな、一次発酵用ステンレスタンク。畑の区画毎にブドウを入れます。温度コントロールのための水が流れる部分を隠すように、二重構造になっています。全て、ベガ・シシリア社の紋章入りのオリジナルです。
発酵の途中では、下から果汁を抜き出し、ホースでタンク上部に移動させ、上からまた果汁を入れ、果皮と酵母、果汁をかき混ぜ、まんべんなく発酵が進むようにする、ルモンタージュと呼ばれる作業をします。全て手作業で行います。温度や成分分析は数字で管理できますが、色合いなどの見た目、香りは、熟練した職人が毎日確認することが、良いワイン作りには必要だそうです。
世界的に有名なワイナリーのわりには、とても小さなプレス機。しかも二台しかありませんでした。一次発酵が終わったブドウに、ほんのわずかな圧力をかけ、そっとワインを取り出します。
マロラクティック(二次)発酵用のフレンチオーク大樽。20℃から22℃くらいにすることでワインに含まれる乳酸菌を活性化し、1週間から10日ほどかけて、酸っぱいリンゴ酸をまろやかな乳酸に変える工程です。ワインの芳香を高める役目もあります。
大手のワイナリーでは、発酵時に、乾燥酵母や乳酸菌を後から加えることで、安定したワインの品質を求めることが多いのですが、驚くべきことに、ベガ・シシリア社では、畑で自然にブドウについてくる酵母や乳酸菌だけを使い、後から一切何も追加することなく、温度だけでコントロールして発酵を進めます。それだけで、毎年、この生産量と品質を保っているわけですから、このワイナリーのワイン作りの技術が並大抵ではないことを暗に示しています。
この大樽は、5年に一度、新しいものに交換します。
ベガ・シシリア社では、60%がフレンチオーク、40%がアメリカンオークを使用しています。ハンガリー製の樽も良い結果が出ているそうで、現在研究中だそうです。ここでもキーワードは温度管理。いくつかの熟成室があるのですが、微妙に温度や湿度が違います。畑や、熟成期間、樽の種類などによって、熟成室を使い分けています。樽の下に台があり、その中に空調設備があります。表立たないように隠された最新技術が備わった、見た目には伝統的な熟成室です。
どこもカビひとつ、埃ひとつない清潔さで、樽にもワインをこぼした跡が一切なく、オークの落ち着いた香りだけがします。
樽熟成の最後は、新樽ではないアメリカンオークで行います。使用樽は、オークの香りが強すぎず、木の目がワインで詰まっているのでより熟成がゆっくりと進みます。この最後の樽に移す前は、一週間に一度、樽内のワイン量をチェックし、減った分を補填するのですが、この最後の樽はワインの蒸発量が少ないので一ヶ月に一度だけチェックし、減った分を補填します。
樽の栓が真上でなく、やや横を向いているのは、シリコン製の栓でしっかりと密封されているとはいうものの、どうしても栓の周囲からが一番蒸発しやすいので、伝統的に傾けて保存するのだそうです。ですので、一ヶ月に一度、栓が真上に来るように樽をまわし、ワイン量をチェックし、補填が終わったら、またやや横向きに傾ける作業をひとつひとつ行っています。
瓶詰めする前に、各樽からワインを集めてブレンドする大樽。酸素が入り込む隙間なくワインを入れるため、上部にワイン量をコントロールする部分があります。
ボトル詰めしたワインの保存室。もちろん、湿度と温度はきっちりとコントロールされています。写真では明るく写っていますが、熟成室も保存室も薄暗いです。
ベガ・シシリア社では、アメリカンオークの熟成樽は自社の敷地内で作っています。
熱源にコークスを使った樽の火入れ。組み立てから火入れまで、これも全て手作業です。世界的なワインが、熟練した職人の技に支えられていることを痛感します。
オーナー一家の住居。敷地は1000haあります。そのうちのブドウ畑は200haで、ドゥエロ川や松林を中心に、さまざまな動植物に囲まれ、ここでも自然の生態系を重んじた害虫対策などをとり、テロワールに忠実なワイン作りが基本となります。
ですので、150周年を機にグループ名は変わりましたが、ラベルのどこかに「TEMPOS Vega Sicilia」という名前が入るだけで、ワインの味わいはもちろん、ラベルのデザインも基本的な部分は全く変更はないそうです。
エレガントでクラシックなサロンに案内され、テイスティングタイム。低めのテーブルにずらっとリーデル社のハンドメイド、ソムリエシリーズのグラスが並んでいて、ソファーの座り心地も素晴らしく、壁にはマグナムボトルのデザインとなった元画が、食器棚を開けるとずらっと年代物のマグナムボトルが飾られていて、、、と、ワインを注がれる前から高級感に包まれ、雰囲気に酔います。(笑)
まずはハンガリーのトカイ・ヘジアリャ地方のフルミント種100%。トカイワインといえば、貴腐ワインや遅摘みブドウによるアイスワインなど、甘口の白ワインが有名ですが、これは辛口の白ワインです。6ヶ月樽熟成しているので、酸味の角はとれ、つるつると磨かれた鏡のような印象。果物よりも、カモミールや白檀のような植物系の香りがしました。飲んだあと、ふくよかに広がるオイリーな余韻が非常に長いです。
2杯めが、バルブエナ・キントアニョ 2007。ベガ・シシリア社の決まりなのでしょうが、試飲用ボトルと販売用ボトルは最初から区別されているようで、「サンプル、試飲用」と印刷されたラベルに手書きで、ワイン名とビンテージが書いてあります。名前の通り、最低でもワイナリーで5年間熟成させてからリリースされるワインですが、意外なほど、黒い果実やミントなどの香りも果実味たっぷりの酸が効いた味わいも、若々しく生き生きとしています。リベラ・デル・ドゥエロ最高峰のクラシックな味わいだと思います。タンニンは甘く溶け込んでいて、ミルキーな感じがしますが、全体的に重すぎず、とても親しみやすいワインだと思います。
日本では、シンコアニョとカタカナ表記されているようですが、5º は5番めという序数(英語でいえば、fiveではなく、5th)なので、「キントアニョ」が正しいと思います。
最後が、ウニコ 2004。スペイン語で「唯一の」という名前を持つワインです。今でこそ、ワインの名産地として有名なリベラ・デル・ドゥエロの地ですが、樽熟成させるタイプのワインをいくつかのワイナリーが作り始めたのがほんの20数年前。それ以前は、どちらかというと小麦や砂糖大根、とうもろこしなどの栽培の方が多く、ブドウは自家消費用、もしくは、熟成なしでその年に飲んでしまう若飲みワイン用として栽培されていただけでした。そんな中、ベガ・シシリア社は1864年から、フランスの進んだワイン醸造技術を取り入れ、世界に通用するまさに唯一のワインを作っていたのです。ウニコは、最低10年間ワイナリーで長期熟成させてからリリースされます。
ボトル内で長期熟成させることを念頭において作られていますので、今回飲んだ2004年ビンテージはウニコとしてはまだまだ若いです。バルブエナに比べると、透明感のある紫色です。最初は、ミネラルとハーブが印象的で、徐々にテンプラニーリョ種の持つ独特の甘さや果実味がアロマにも味わいにもなって開いてきます。ただとても酸が強いです。これから数十年かけてのんびり成長していくワインなのでしょう。ゆっくりと話を聞いてやらないと、つまらない出会いで終わってしまいそうな、いつでも簡単に美味しく飲めるワインというわけではなさそうです。
是非、リベラ・デル・ドゥエロの果てしなく続くブドウ畑や鳥のさえずり、150年という悠久の時間の流れの中で繰り返されたブドウ作り、樽作り、ワイン作りなどを感じながら、ゆっくりと楽しんでみて頂ければと思います。